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神の設計図 - DNAに秘められた生命のシナリオ -

DNAに秘められた生命のシナリオ
ダイナミックイラストレーションでつづる
「世界一美しい分子」の構造と機能
ここでは,「世界一美しい分子」である DNAの構造や,みずからを精巧にコピーするしくみ,必要な遺伝情報だけを RNAに受け渡すしくみ,ヒトの場合で10万種にもおよぶタンパク質が合成されるしくみなどを,これまでに類をみないダイナミックなイラストで紹介していきたいと思います。

そして最後に,ようやく明らかになりつつある「遺伝子のオン・オフスイッチ」を自在にあやつるしくみについてもお話しましょう。
すべての生命のいとなみは「細胞」というミクロコスモスで行われています。
すべての物質は,細かく分けていくと必ず「原子」という基本単位にたどりつきます。
原子の数や種類,つながり方は,それぞれの物質に特有のものです。
原子は「陽子」や「中性子」「電子」といった,さらに小さな粒子に分けることができます。
これらの粒子の数やふるまいが,それぞれの原子の物理的な性質を決めています。
生物の体を細かく分けていくと「細胞」という基本単位にたどりつきます。
細胞の数や形,はたらきは,それぞれの細胞に特有のものです。そして,細胞もまた「遺伝子」や「タンパク質」といった,さらに小さな成分に分けることができます。
こういった小さな成分のはたらきによって,細胞は独自の機能を果たすことができるのです。
遺伝子は「私たちが私たちであるための情報」,タンパク質は「遺伝子にしるされた情報をもとにつくられ,細胞のあらゆる仕事を分担してこなす物質」といいかえることができます。
原子と細胞との決定的なちがいは,
「細胞には自己を再生する能力がある」ということです。
自分とまったく同じコピーをつくることもできますが,
自分とはちがう機能を果たすように変化した細胞をつくりだすこともできます。
たとえば,受精の瞬間には細胞は「ただ一つ」しかありません。そのただ一つの細胞が変化しながら何百万回もコピーされることで,胃や筋肉,心臓,脳などのことなったタイプの細胞がつくりだされるのです。しかもおどろくべきことに,これらのことなるタイプの細胞は「最初のただ一つの細胞」とまったく同じ情報をもちつづけています。
つまり,細胞にはあらゆる情報を保存し,自己を完璧にコピーし,さらに胃や脳などのさまざまな細胞になるべき時を見きわめ,それぞれの細胞に変化していく能力がそなわっているのです。

こうした能力は,いったい細胞のどの部分に秘められているのでしょうか。古くから,多くの科学者が同じような疑問を抱いてきました。細胞の存在が明らかになると,この「秘密の図書館の謎とき」は生物学で最も興味深いテーマの一つになりました。
DNAは料理ブックにたとえることができます。
ここではDNAについて,どうやってみずからをコピーするのか,体を構成するすべての細胞をつくりだせるだけの情報をどのように提供するのか,個々の細胞が自分に必要な情報だけをどうやって取りだしているのでしょうか。
まずは理解しやすいようにDNAを「料理ブック」にたとえてみましょう。

DNAの料理ブックには
  • 一つ一つのメニューとでもいうべき「細胞のあらゆる構成要素をつくるためのレシピ」
  • いくつかのメニューが並んだ一回の食事とでもいうべき「細胞全体をつくるためのレシピ」
  • さらには一生涯分のすべての食事とでもいうべき「完全な生物体をつくるためのレシピ」

といったあらゆるレシピが掲載されています。
さっそく,この料理ブックをひもといていきましょう。
私たちの体は60兆もの細胞からなりたっています。
DNAはそれらの細胞の核の中に存在します。分裂期以外のDNAは,このイラストのように縄状にたたまれ,核膜の内壁に凝集したり,中心部に向かって広がったりしています。細胞の分裂期に入ると,縄状のDNAはさらに凝縮して太い棒状になり, 「染色体」 とよばれる構造をとります。
 
染色体は細胞が分裂するときに細胞核からあらわれる。形は棒状または粒状である。
細胞中のDNAのほとんどが染色体上にある。
染色体は,塩基性色素によってよく染まることからこの名がついたとされる。
細胞の「核」の中に,DNA がしっかりたたまれて収納されています。
「核」の中からDNAを引っぱり出してみると,下の図のようです。
DNAの構造は意外なほど単純です。2本の鎖がたがいにより合わさって,
二重らせんをえがいています。
2本の鎖は「 ヌクレオチド(nucleotide) 」という小さい単位でつながっています。
そのようすは,ヌクレオチドのビーズでできたネックレスのようです。ネックレスをつくるためには,必ず一方の端につめを,もう一方の端につめをひっかける輪をつけなければなりません。
DNA にも爪と輪のようなものがあります。両端に位置する分子がそれぞれ決まっているのです。DNA の情報は,この両端の分子のちがいを目印にして,つねに一定方向に読まれます。このことを「DNA に方向性がある」と表現しています。
 
ヌクレオチドは塩基と糖からできています。
塩基にはアデニン(A:adenine),グアニン(G:guanine),シトシン(C:cytosine),
チミン(T:thymine)の4種類があります。
つまり,ヌクレオチドのビーズでできたネックレスは「A,G,C,Tの4つの文字が延々とつらなったもの」といいかえることができます。このA,G,C,Tこそが,DNA料理ブックのアルファベットに相当する文字といえます。
レシピを理解するためには,まずこれらの文字について学ばなければなりません。
Aは必ずTと,Gは必ずCと結合します。
それぞれの塩基には特定の相手が決まっていて,それぞれの鎖はたがいに相手を補う「相補的な関係」にあります。
一方の鎖に「ACCTGT」の順で並んでいるとすれば,もう一方の鎖は必ず「TGGACA」という配列になるのです。
それぞれの鎖に配置された塩基の数や順序はさまざまです。塩基と塩基の間には,弱い結合力がはたらきます。この結合力によって,2本の鎖がはなれずにいられるのです。
一つの細胞に含まれるDNAは,つなぎあわせると約2メートルにも達します。
DNAをコイル状に巻いて束ね,直径10ミクロンほどしかない核の中におさめられています。そのことを可能にしている縄のような構造を「 クロマチン 」とよんでいます。
DNAはそれらの細胞の核の中に存在します。分裂期以外のDNAは,このイラストのように縄状にたたまれ,核膜の内壁に凝集したり,中心部に向かって広がったりしています。細胞の分裂期に入ると,縄状のDNAはさらに凝縮して太い棒状になり, 「染色体」 とよばれる構造をとります。
クロマチン
ヌクレオソームがコイルをつくって「クロマチン」と呼ばれる太い繊維構造をつくります。
クロマチン構造をほどいていくと,「 ヒストン 」というタンパク質からなるコアに DNA が約2回転巻きついた「 ヌクレオソーム 」とよばれる単位構造があらわれます。ヌクレオソームのあいだには,別の種類のヒストンがついています。
コイル状に巻かれた DNA の糸をさらに拡大すると,いよいよ二重らせんがあらわれます。二重らせんには塩基の対からなるはしごがかけられています。
(上のイラストは核からDNAを取りだし,だんだん拡大していくようすをえがいています)
ヒストンとヌクレオソーム
a.b.c. 遺伝子の発現の調節に関連するタンパク質
美しい構造をもつ DNA の二重らせんに,生命の秘密がかくされています。
ワトソンは,ヌクレオチドのモデルを並べていて「AとTを組み合わせた対の大きさが,GとCの対の大きさと同じである」ということに偶然気がつきました。
このすばらしい偶然が,DNAの構造を明らかにする重要なヒントとなりました。
ワトソンの頭に「AT対とGC対が,DNAの2本の鎖に橋をかけているモデル」がひらめいたのです。AがTと,GがCと対をつくるためには,AとTの量が等しく,GとCの量が等しくなければなりません。
実は,そのことを観察実験で説明していた科学者がいました。アービン・シャルガフです。
シャルガフは「ある細胞のDNAに含まれるAの量は,CやGの量とくらべると多い場合も少ない場合もあるが,Tの量とは必ず等しい。同じようにGの量は必ずCの量と等しい」という結論をみちびきました。しかし,当時の生物学者の多くはこの「シャルガフの法則」を奇妙なものと考え,あまり関心を示しませんでした。 ところが,この法則がDNAの構造を解明するうえで大きな意味をもつことが理解されるやいなや,一変して注目の的となりました。
こうして「一方の鎖のどのAに対しても,もう一方の鎖には必ずTがこなくてはならないし,どのGに対してもCがこなくてはならない」ことが明らかにされました。
さらに「それぞれの鎖は,両端に位置する分子がたがいに逆になるように向き合っている」ということもわかってきました。「DNAの鎖には方向性がある」といいましたが,2本の鎖はそれぞれ反対方向を向いていたのです。これらのことは,のちにDNAの複製機構を明らかにするための鍵となりました。
ワトソンとクリックは1953年にネーチャー誌に発表した論文の中で,信じられないほどひかえめに「私たちが考えた塩基対のモデルから,DNAの複製機構となり得るメカニズムが思い浮かんでくることに,もちろん気づいていないわけではありません」とのべています。
彼らは,みずからのDNAモデルによって「一方の鎖を鋳型にすれば,もう一方の鎖を完ぺきにコピーできる」ということを視覚的に理解したのです。
DNAは2本の長いリボンが同一軸を中心にらせんを巻いた構造をしています。
リボンは,「デオキシリボース」とよばれる糖とリン酸が交互に規則正しくつながった分子からなります。おのおのの糖の内側には塩基が結合しており,そのようすは2本のリボンに塩基のはしごがかけられたようです。塩基は窒素,炭素,水素,酸素の4元素からなる環状の分子です。DNAの構成分子の中で唯一「塩基性」を示す物質であるところから「塩基」と広くよばれています。分子を構成する4元素の数や結合のちがいから,アデニン(A),グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)の4種類に分けられます。「AとT」および「GとC」の間には弱い結合力がはたらくため,必ずAはTと,GはCと対をつくります。デオキシリボース,リン酸,塩基からなる基本単位は「ヌクレオチド」とよばれます。
ヌクレオチド(nucleotid)
ヌクレオチド(nucleotid)という名前は,接頭語として細胞の核(the nucleus)という意味を含んでいる。
原子であらわしたDNA
ヌクレオチド(nucleotid)という名前は,接頭語として細胞の核(the nucleus)という意味を含んでいる。
DNA は自分とまったく同じコピーをみずからつくることができる。
このイラストはメセルソンとスタールが考えた,DNA複製の三つの仮説を図解したものです。
ワトソンとクリックのDNAモデルによって,その複製機構が理解できたといっても,
それは直感でしかありませんでした。興味深い直感でしたが,証拠がありません。科学は証拠こそがものをいう世界です。
やがて,この心ときめく直感を単純かつたくみな実験によって証明した科学者があらわれました。マシュー・メセルソンとフランクリン・スタールです。彼らはDNAがみずからを複製するには三つの可能性があると考えました。
第1の仮説
第1の仮説は「古い鎖の二重らせんの対がほどかれ,それを鋳型に新しい鎖がつくられる。その後,古い鎖どうしが再び対をつくり,新しい鎖どうしが対をつくる」というものです。つまり,複製後にはまったく新しい鎖からなるDNAと古い鎖からなるDNAが,それぞれ一つずつできることになります。
第2の仮説
第2の仮説は,「古い鎖が鋳型として使われるのは同じだが,新しい鎖がそのまま古い鎖と対をつくる」というものです。この場合には,古い鎖と新しい鎖からなるDNAが二つつくられることになります。
第3の仮説
第3の仮説は「DNAが細かく切断され,各断片が新しい鎖を複製する元となる。複製後に断片はなんらかの方法でつなぎ合わされる」というものです。
この場合には,複製されたDNAの各鎖に,新しい部分と古い部分が混在することになります。
どの仮説が正しいかを確かめるために,メセルソンとスタールはDNAに標識をつける方法を考え出しました。
メセルソンとスタールの実験
まず,特殊な分子(重い同位元素を含むヌクレオチド)を使って正常なDNAよりも重いDNAをつくりだしました。
そしてこのDNAを自己複製させたのですが,そのときには軽い分子(通常のヌクレオチド)を使って複製させるようにしました。
仮説ごとの結果予想
メセルソンとスタールの実験
もし第1の仮説が正しければ「鎖が2本とも重いDNAと,鎖が2本とも軽いDNA」とが得られるはずです。
第2の仮説なら「一方の鎖が重く,一方の鎖が軽いDNAがただ一種類だけ」が得られるはずです。
第3の仮説なら「重いDNAの断片と軽いDNAの断片がいくつもつながった,バラバラの重さのDNA」が得られるはずです。
 
第1の仮説が正しい場合
第一の仮説によると,実験後に存在するのは,重いDNAと軽いDNAの2種類です。 これを試験管に入れて遠心分離器にかけるとします。
もし,この仮説が正しければ試験管には,重いDNAと軽いDNAの2種類の層がみられるでしょう。
 
第2の仮説が正しい場合
第二の仮説では,DNAが複製されるときには,必ず古い鎖と新しい鎖が対になります。つまり,DNAが一回複製されると,新しくできるDNAはすべて『片方の鎖は重く,もう片方は軽い』ものができるはずです。
この仮説が正しいなら,これを試験管に入れて遠心分離器にかければ,1種類の重さのDNAの層がみられるでしょう。
 
第3の仮説が正しい場合
第三の仮説は,古いDNAが分断され,それが新しい鎖をつくり,何らかの方法でつながるというものです。この仮説でつくられるDNA鎖の重さはバラバラになるはずです。
この仮説が正しければ,複製されたDNAを試験管に入れて遠心分離器にかけると,重さがバラバラなためDNAは幅の広い層にちらばるでしょう。
メセルソンとスタールの実験結果
実験結果は予想したとおりでした。第2の仮説が正しかったのです。
こうしてDNAの構造解明の5年後,すなわち1958年に「DNAの一方の鎖が,もう一方の完全な鋳型になること」が証明されたのです。
※DNA鎖は2本鎖のうちの1本の塩基配列を手がかりにして,それと対をなすように複製されることから,しばしば「古い鎖を鋳型に,新しい鎖がつくられる」と表現されます。
DNA の複製は,想像をこえる巧妙なしくみで行われていた。
では,複製のくわしいメカニズムはどうなっているのでしょうか。
解明の第一歩は,細菌がDNAを複製するしくみの研究からはじまりました。
細菌で明らかになったことを,より複雑な生物にあてはめることができると考えられたからです。
それぞれの類似点や相違点を整理し,研究で得られた情報を使うことによって,やがて壮大なジグソーパズルが完成しました。大腸菌などの細菌がつかわれた。
DNA複製はDNAの二重らせんがほどけて分離することからはじまります。
らせんがほどけると各鎖の塩基がむき出しになります。そこに,それぞれの塩基と対になるような塩基をもつヌクレオチドが向かい合わせにやってきて,もう一方の鎖とまったく同じ新しい鎖をつくっていきます。(拡大1)二重らせんがほどけて鎖が開いている部分は「複製フォーク」とよばれています。分離した鎖の複製が進むにつれて,二重らせん部分がさらにほどけていきます。二重らせんをほぐしたり(1),ほどいたり(2),新しいDNAを合成する(3)には,「酵素」とよばれるタンパク質が何種類も必要です。複製の全作業には,それぞれの機能をもつ酵素が連携してはたらいているのです。
拡大1
DNAトポイソメラーゼ(ほぐす)
二重らせんの巻きぐあいを調節し,DNAがからまないようにする酵素。DNA複製では,DNAヘリカーゼの前方で,二重らせんをほぐすような役割をする。
DNAヘリカーゼ (ほどく)
二重らせんをほどく酵素。二重らせんを押し開くようにほどき,複製フォークを広げていく。
DNAポリメラーゼ(新しいDNAを合成する)
DNAを合成する酵素。DNAがほどかれ1本鎖になった部分に順にヌクレオチドをとりこみ,新しい鎖をつくる。このとき,1本鎖になっている部分の塩基と対になるような塩基をもつヌクレオチドがとりこまれる。
複製フォークで新しい鎖ができるしくみをさらにくわしくみていくと,非常に興味深い問題に突き当たります。
多くの研究者がこの問題にしばし頭を悩ませました。二重らせんが開くと,それを追いかけるように,開いた部分に新しい鎖がつくられていくので,新しい鎖は「先に開いた方から,開きかけている方へ」と一方向にのびているはずです。
でも,ここで思いだしてほしいのです。DNAには方向性があり,二重らせんの2本の鎖はたがいに逆向きに位置していることを・・・・・・。何が問題になるのかお気づきでしょうか。
一般に,化学反応は一方向にだけおきます。同じように,DNAを合成する酵素(DNAポリメラーゼ)もDNAの上を一方向にしか動けません。DNAの方向が逆になれば,動く方向,すなわち「複製方向」も逆になってしまいます。
いったいどうやって,新しい鎖が2本とも複製フォークが開くのを追いかけるようにしてのびていくのでしょう。
DNAの方向性
ヌクレオチドをネックレスのビーズにたとえると,ビーズの一方の端にはつめが,もう一方の端にはつめをひっかける輪があることになります。この,つめと輪,のようにヌクレオチドの形にもつながる部分の両端に特徴があります。つまり,鎖状につらなっているおのおののヌクレオチドの両端に位置する分子が決っているのです(糖とリン酸)。DNAの情報は,この両端の分子のちがいを目印にして,つねに一定方向に読まれます。また,両端の特徴のため 結合する方向が決っています。このことを, DNAに方向性があると言います。
この解答は1968年に岡崎令治,恒子夫妻によってもたらされました。
(岡崎フラグメント)
岡崎夫妻は,新しい2本鎖の一方は,連続した鎖としてのびずに短い断片としてつくられながら,順次その断片が連結していくことをつきとめました。この断片は夫妻の名にちなんで「岡崎フラグメント」とよばれています。
DNAの二本の鎖はそれぞれ逆向きの方向性をもっている。このため,DNA鎖の複製が進む方向もお互い異なる。このページのイラストでは,連続して複製ができる鎖を示している。しかし,次のページで示すもう一方の鎖の場合は,DNAの鎖の方向性と二重らせんが開く方向が異なるため,連続して複製できない。
岡崎フラグメントをつかって,どのように鎖をのばすのでしょうか。
まず,複製フォークの「先に鎖が開いた部分」で,フォークの移動方向とは逆方向に短い断片が合成されます。次に「開きかけている部分」へもどって,ふたたび短い断片がフォークとは逆方向に合成されます。その後,ある酵素のはたらきによってそれぞれの断片が連結し,1本の鎖としてつながります。このようなとびとびの合成をくりかえしながら,結果として「複製フォークが開くのを追いかけるようにして」鎖ができあがっていくのです。
複製フォーク全体像
すべての生命情報は「DNA --> RNA --> タンパク質」の流れに沿っている。
細胞が機能するには多くの部品が必要です。そのすべての部品をつくるのに必要な情報は,DNAからどのように提供されるのでしょうか。
ここで重要になってくるのが「遺伝子」という概念です。
遺伝子の存在は,その本体が明らかにされないころから,メンデルをはじめ多くの科学者によって予測されていました。現在の私たちは「一つの遺伝子とは,細胞の部品一つ分の情報をおさめた一区切りのDNAのことである」ということを知っています
このことを示したのはジョージ・ビードルとエドワード・テータムです。彼らはDNAの構造が明らかにされる10年以上も前の1942年に,「遺伝子の正体がなんであれ,一つの遺伝子から一つのタンパク質がつくられる」ということを明らかにしました。
では,遺伝子はどのようにして,細胞にタンパク質の
つくり方を教えているのでしょうか。
ワトソンとクリックによるDNAモデルの提示から3年後,クリックはDNAからタンパク質がつくられる道筋を説明する「 セントラルドグマ(central dogma)」という考え方を示しました。彼はその過程を2段階にとらえました。第1段階は「DNAのある領域,すなわち遺伝子が,タンパク質の合成に使えるような形にコピーされる段階」です。のちに,この遺伝子のコピーは,DNAの1本鎖と非常によく似た「RNA(リボ核酸:ribonucleic acid)」という分子であることがわかりました。第2段階は「RNAを使ってタンパク質がつくられる段階」です。
DNA デオキシリボ核酸 deoxyribonucleic acid
生物の遺伝情報が記された遺伝物質。デオキシリボヌクレオチドという構成単位が,鎖状につらなった物質である。
ヌクレオチドに含まれている塩基が,相補的な塩基とつくる弱い結合を介して,2本の鎖が右巻きの二重らせんをつくっている。4種類ある塩基の並びが遺伝暗号を遺伝暗号としての役目を果たす。
タンパク質 protein
細胞の主要な構成成分である巨大分子。アミノ酸が特定の配列でつながった,直鎖状の分子である(ポリペプチド鎖)。この鎖は,アミノ酸どうしが鎖のなかの様々な場所と弱い結合をつくることによって自然に折りたたまれ,特定の立体構造を作っている。一つのタンパク質分子は,1本のポリペプチド鎖からなるものもあるが,複数のポリペプチド鎖のかたまりから,できているものも多い。合成は,細胞中のリボゾームというタンパク質合成工場のような場所で,mRNAからアミノ酸配列の情報を読み取り,端からアミノ酸が数珠のように連結されることによって行われる。
セントラルドグマ centraldogma
1958年にフランシス・クリックにより示されたDNA,RNA,タンパク質の間の遺伝情報の流れを説明する考え方。DNAは自身の複製のためだけでなく,RNAへの転写の鋳型として働く。さらに,RNAはタンパク質への翻訳の鋳型として働く。この主な流れを図で示すと,のようになる。情報の流れは一方的でありタンパク質からDNAやRNAが合成されることはない。ウイルスの場合を考慮に入れると,ここにRNAからDNA,RNAからRNA自身への情報の流れが加わる。
 
RNA リボ核酸 ribonucleicacid
リボヌクレオチドという構成単位が,鎖状につらなった物質。RNAもDNA同様ヌクレオチドがつらなったものだが,次の点でDNAと異なっている。

  • RNAの骨格となる糖-リン酸部(ヌクレオチドの一部)の糖の種類が,デオキシリボースではなく,リボースである。
  • DNAの塩基のチミン(T)の代わりに,ウラシル(U)を持つ。ウラシルはチミンとよく似た構造でアデニンと対をつくるところは同じである。
  • 二重らせんでなく1本鎖で存在する。

タンパク質の合成過程の前段階で,DNAの特定の領域(遺伝子)の情報を写し取りつくられるのがRNAである。RNAはDNAと同じように塩基対を形成する性質を持ち,DNA複製の過程と似たやり方でDNAの1本になった鎖を鋳型にして,RNA鎖をのばしていく。そのため,DNAからコピーされたRNAにはもとのDNAと同じ情報が含まれている。
セントラルドグマの第1段階<1>
セントラルドグマの第1段階は,遺伝子がタンパク質の合成に使えるような形にコピーされる段階である。
図は,DNAの情報がRNAに伝えられようとするところである。
セントラルドグマの第1段階<2>
図は,DNAからRNAへ情報が伝わる「転写」が行われるところである。
DNAは永久保存しなくてはならない遺伝情報の
鋳型ですから,保管や手入れが必要です。
それにくらべて,RNAは一時利用の鋳型で,ほかへ渡したり,利用された後に捨てたりすることができます。
DNAが料理ブックであるとすると,RNAは一つのレシピをシェフに渡せるように紙に写し取ったものだといえます。シェフはレシピどおりに料理をつくります。レシピが掲載されている料理ブックと,そのレシピの部分だけをコピーしたものは,いずれも紙とインクでできています。一方,料理はレシピの情報をもとにしてはいますが,まったく別の材料でつくられます。しかし,コピーは料理ブックのようには長もちしません。一方,料理はレシピの情報をもとにしてはいますが,まったく別の材料でつくられます。同じように,DNAとRNAは同じ材料でできていますが,RNAはDNAほど大切にあつかわれず,利用後は捨てられてしまいます。そして,タンパク質はRNAの情報をもとに作られますが,その材料はRNAとはまったくことなります。
DNA の情報をはたらかせるには,暗号を RNA に写し取る必要がある。
それでは,セントラルドグマのそれぞれの段階をくわしくみていきましょう。最初はDNAからRNAをつくる段階です。
  そのようすは,DNAの複製とよく似ています。相違点は,今回は新しい鎖がDNAではなくてRNAであるというところです。DNAの短い領域の二重らせんがほどかれ,一方の鎖だけがコピーされます。DNAとRNAの大きなちがいのひとつは「RNAに含まれる塩基がA,G,C,Uである。すなわちDNAのチミン(T)のかわりがウラシル(U:uracil)になっている」ということです。つまり,DNA鎖のAに対応するRNA鎖の塩基は必ずUになります。
DNA複製
らせんがほどけると各鎖の塩基がむき出しになります。そこに,それぞれの塩基と対になるような塩基をもつヌクレオチドが向かい合わせにやってきて,もう一方の鎖とまったく同じ新しい鎖をつくっていきます。二重らせんがほどけて鎖が開いている部分は「複製フォーク」とよばれています。分離した鎖の複製が進むにつれて,二重らせん部分がさらにほどけていきます。二重らせんをほぐしたり(1),ほどいたり(2),新しいDNAを合成する(3)には,「酵素」とよばれるタンパク質が何種類も必要です。複製の全作業には,それぞれの機能をもつ酵素が連携してはたらいているのです。
拡大1
 
RNA リボ核酸 ribonucleicacid
リボヌクレオチドという構成単位が,鎖状につらなった物質。RNAもDNA同様ヌクレオチドがつらなったものだが,次の点でDNAと異なっている。

  • RNAの骨格となる糖-リン酸部(ヌクレオチドの一部)の糖の種類が,デオキシリボースではなく,リボースである。
  • DNAの塩基のチミン(T)の代わりに,ウラシル(U)を持つ。ウラシルはチミンとよく似た構造でアデニンと対をつくるところは同じである。
  • 二重らせんでなく1本鎖で存在する。

タンパク質の合成過程の前段階で,DNAの特定の領域(遺伝子)の情報を写し取りつくられるのがRNAである。RNAはDNAと同じように塩基対を形成する性質を持ち,DNA複製の過程と似たやり方でDNAの1本になった鎖を鋳型にして,RNA鎖をのばしていく。そのため,DNAからコピーされたRNAにはもとのDNAと同じ情報が含まれている。
 
ウラシル uracil
RNA(リボ核酸)の塩基で,DNAのチミン(T)の代わりに使われる。ウラシル(U)はチミンとよく似た構造をしており,アデニン(A)と塩基対を形成するところは同じである。
DNAのすべてがタンパク質を示す暗号であるわけではないのです。
どのような遺伝子にも,遺伝子としての情報がはじまる位置を示す「開始配列」とよばれるものがあります。RNAはこの配列を認識して,そこから仕事をはじめます。また,遺伝子の終わりにはRNA合成を終了する位置を示す「終止配列」があります。このように,DNA配列のかなりの部分が,RNAの合成作業の手がかりになる信号として機能しています。現在,多くの科学者が「DNAにかくされたさまざまな信号」をみつけだそうと,大変な労力をついやしています。信号がわからないと,長いDNAは私たちには意味の読みとれないただのA,G,C,Tの羅列になってしまいます。
合成されたばかりのmRNAには,タンパク質の合成には直接必要のない部分もあります。
合成されたRNAは「ある遺伝子」の完全なコピーですが,タンパク質の合成には直接必要のない情報も含まれています。そのような不必要な領域は「 イントロン(intron)」,必要な情報領域は「 エクソン(exon)」とよばれます。
イントロンを除去し,タンパク質を合成するための情報だけを残す処理が必要です。
エクソンだけを残してイントロンを除去する「 RNAスプライシング(RNA splicing)」とよばれる処理が,細胞にタンパク質を合成する作業を行わせるためには必要なのです。スプライシングによって,RNAにはタンパク質を合成するための情報だけが残されます(1-->3)。mRNAは不必要な部分が除去されて完成品となるのです。1977年,フィリップ・シャープとリチャード・ロバートは,まったく別々にRNAスプライシングのメカニズムを解明しました。1993年,彼らにはノーベル賞があたえられています。
DNAの暗号は3文字がセットになってアミノ酸の種類を指定しています。
では,RNAからどのようにしてタンパク質というまったくちがう種類の分子をつくりだす情報が読み取られるのでしょうか。
DNAやRNAがヌクレオチドという小さな単位からなるように,タンパク質もアミノ酸という小単位がつらなった巨大な分子です。ただし,タンパク質を構成するアミノ酸は20種類もあります。
研究者たちは「RNAの塩基配列が,なんらかの方法でアミノ酸の並び方を指定している」ということには気づいていました。
1961年,シドニー・ブレンナーとフランシス・クリックが,実験によって次のような証拠を得ました。それは「遺伝子から一つあるいは二つの塩基を失わせると,合成されるタンパク質は機能しない。しかし三つの塩基を失わせると,きちんと機能するタンパク質が得られる」というものでした。彼らはその理由を「一つのアミノ酸を指定する暗号は,塩基三つの『トリプレット』というセットからなる。だからこそ,塩基が失われても,それがセット単位であれば,タンパク質のアミノ酸が一つ消えただけで機能にあまり影響しないのだ」と考えました。
トリプレット triplet
メッセンジャーRNA上のコドンと同じである。遺伝暗号の単位となる。ヌクレオチド上に隣り合わせに並ぶ三個の塩基で,この配列が各アミノ酸を規定する。もともとトリプレットとは3つの組になったものを表す言葉であるが,分子生物学では塩基が3つ並んだ状態を指し示す。
このような「一つのアミノ酸を指定する暗号」は塩基3つのセットからなる。このセットは「コドン(codon)」とよばれます。
このようなアミノ酸を指定する,塩基三つのトリプレットは「コドン(codon)」とよばれます。(右図は「 コドン表 」)クリックは著書で,同僚のレスリー・バーネットとともに最後の実験結果をみた瞬間のことを次のようにしるしています。「わかるかい,暗号がトリプレットだったことを知っているのは,世界中で君と僕だけだよ。」
コドン codon
メッセンジャーRNAに含まれる3つの隣接するヌクレオチドで,タンパク質合成において一つの特定のアミノ酸を指定する単位として機能する。これは遺伝情報の単位といいかえられる。コドンは,どのアミノ酸がポリペプチド鎖のどの位置に入るかを決める。つまり,コドンの並び方がタンパク質が合成されていく順番を決めるといえる。RNAは4種類のヌクレオチドからできているので,3個のヌクレオチドの組み合わせで可能な塩基配列は64種類である(4x4x4)。つまりコドンは64種類ある。そのうちの61種はアミノ酸を指定する。3種は終止コドンとして機能する。
コドン表の見方
RNAに写し取られた暗号は,3文字の塩基が一組になって一つのアミノ酸を指定する。この3文字を「コドン」という。どのコドンがどのアミノ酸を指定するかをもとめたものがコドン表である。コドンの最初の塩基を「第1塩基」,次の塩基を「第2塩基」,最後の塩基を「第3塩基」という。
コドン codon
メッセンジャーRNAに含まれる3つの隣接するヌクレオチドで,タンパク質合成において一つの特定のアミノ酸を指定する単位として機能する。これは遺伝情報の単位といいかえられる。コドンは,どのアミノ酸がポリペプチド鎖のどの位置に入るかを決める。つまり,コドンの並び方がタンパク質が合成されていく順番を決めるといえる。RNAは4種類のヌクレオチドからできているので,3個のヌクレオチドの組み合わせで可能な塩基配列は64種類である(4x4x4)。つまりコドンは64種類ある。そのうちの61種はアミノ酸を指定する。3種は終止コドンとして機能する。
アミノ酸がつながり,生物を形づくるタンパク質が完成していきます。
それでは,アミノ酸はどのようにしてつながれていくのでしょう。
アミノ酸がつながれていく作業は,DNAやRNAが新しい鎖をつくるのに似ています。しかし,DNAやRNAが塩基の対をつくることで鎖をつくっていくのとはちがって,コドンとアミノ酸は対をつくって結合するわけではありません。アミノ酸は別の方法でコドンに結合します。この作業を受け持つのが「トランスファーRNA(tRNA)」とよばれるRNAです。これまでお話してきたRNAは「メッセンジャーRNA(mRNA)」とよばれています。
トランスファーRNA(tRNA,転移RNA)
tRNAはアンチコドンでmRNAのコドンと結合する。タンパク質合成がおこなわれるとき,その材料となるアミノ酸を結合し,合成を行う工場であるリボソームまで輸送する。tRNAは70~80ヌクレオチドからなる低分子のRNAである。
アンチコドン anticodon
トランスファーRNAの3つのヌクレオチド配列。タンパク質の合成のとき,メッセンジャーRNAのコドンと相補的に結合する。
tRNAは折りたたまれて非常に特殊な構造をとります。
tRNAにはmRNAのコドンと対をつくるような塩基部分(1)があり,小さいループをつくっています(2)。この小ループの反対側,つまりtRNAの頭の部分に,mRNAのコドンに指定されたアミノ酸が結合する部位があります(3)。頭にアミノ酸をつけたtRNAはmRNA上にやってきて,小ループの部分でmRNAのコドンに結合します。mRNAの一つ前のコドンには,アミノ酸をつけたtRNAがすでに結合しています(4)。そしてそのtRNAは,今新たにやってきたtRNAにアミノ酸を渡して(5)mRNAからはなれていきます。さらに,アミノ酸を受け取ったtRNAも次のtRNAがやってくると,同じようにアミノ酸を渡してはなれます。こうした一連の作業がくりかえされることによって,指定されたアミノ酸が数珠のようにつながっていきます。
リボゾームがタンパク質合成の指揮をとります。統制をとりつつ,この一連の作業を行うのはリボソームの役目です。
リボソームがmRNA上の開始コドンをみつけると,そこに最初のtRNAを結合させます。そして,それぞれのtRNAがコドンどおりのアミノ酸を次々に運んできます。リボソーム上のタンパク質は,運ばれてきたアミノ酸どうしを結合させ,tRNAからきりはなします。リボソームがmRNA上を滑って動くにつれ,新たなコドンが露出して,コドンにあったアミノ酸をもつ次のtRNAが結合します。こうしてアミノ酸の数珠は,終止コドンがくるまでのびていきます。終止コドンがやってくると,長くつらなったアミノ酸は最後のtRNAからはなれ,同時にリボソームとmRNAも分離します。このようにしてつくられたタンパク質は,折りたたまれて3次元の構造をとります。その後,細胞内の適当な場所に運ばれて,それぞれの機能を果たします。
 
開始コドン initiation codonまたはinitiator codon,start codon
塩基配列がAUGからなるコドン。タンパク質合成の際に,開始に働く『開始tRNA』の結合をコードする。AUGに結合する開始tRNAはメチオニンというアミノ酸をもってくる。つまりタンパク鎖の最初のアミノ酸はつねにメチオニンなのである。
 
終止コドン termination codon,stop codon,nonsense codon
mRNAのコドンのうち,アミノ酸をコードせずにタンパク質の合成の終わりを告げるものがある。これを終止コドンという。終止コドンは64種のコドンのうち3種類(UAA,UAG,UGA)である。翻訳(mRNAの遺伝情報がアミノ酸に置き換わること)過程で終止コドンに行き当たると,アミノ酸の連なった鎖は細胞質中に放出される。この鎖がタンパク質の正体であるといえる。タンパク質の合成過程の前段階で,DNAの特定の領域(遺伝子)の情報を写し取りつくられるのがRNAである。RNAはDNAと同じように塩基対を形成する性質を持ち,DNA複製の過程と似たやり方でDNAの1本になった鎖を鋳型にして,RNA鎖をのばしていく。そのため,DNAからコピーされたRNAにはもとのDNAと同じ情報が含まれている。
 
 
終止コドンのしくみについて
タンパク質の合成の際に,mRNAのコドンにtRNAのアンチコドンが結合する。このときtRNAがアミノ酸を持ってきており,そのアミノ酸が数珠のように連なっていく。ところが終止コドンにはtRNAではなく,別の細胞質タンパクが結合してしまう。そしてこの結合したタンパク質がアミノ酸の代わりに水分子を鎖の最後にわたす。こうしてこのアミノ酸の鎖はリボソームから放出されるのである。
「どの遺伝子」を「いつ」使うかで,同じ遺伝子からことなる細胞がつくられます。
DNAがみずからを複製するしくみも,DNA中の遺伝子からRNAを経てタンパク質がつくられるしくみも理解できました。しかし最もむずかしい問題が残されています。
私たちの体のどの細胞もまったく同じDNAをもっているにもかかわらず,私たちの体には神経細胞や皮膚細胞といった実にさまざまな細胞があります。どうやって,それぞれの細胞をつくるための遺伝子だけが利用され,ほかの遺伝子ははたらかないようにされているのでしょうか。この問題の答は,非常に基本的なことなのですが,同時におどろくほど複雑でもあります。かんたんにいえば,どの細胞もDNA中のごく一部の遺伝子だけを「スイッチオン」にして,残りの大部分の遺伝子を「スイッチオフ」にしているのです。スイッチオンになる遺伝子の中で,「ハウスキーピング遺伝子」とよばれるいくつかの遺伝子は,スイッチがつねにオンになっています。これらの遺伝子は,細胞のごく基本的な機能をになうタンパク質をつくりだすための遺伝子です。
「いつ,どの遺伝子を使うか」を示す信号がある。
 ここでふたたび料理ブックのたとえにもどってみましょう。料理ブックを使うレストランに,ケーキ担当のシェフ,スープ担当のシェフ,肉料理担当のシェフがいるとします。どのシェフも同じ料理ブックを使いますが,ケーキのシェフはケーキのレシピしか使いませんし,スープのシェフはスープのレシピしか使いません。それぞれのシェフは「ケーキ」「スープ」といった見出しをみることによって,適当なレシピをさがしだすことができます。それぞれの細胞が適切な遺伝子を選びだすしくみは,シェフが適当なレシピを選びだす作業に似ています。しかし料理ブックほど単純ではありません。
「いつ,どの遺伝子を使うべきか」といったことを示すDNAの信号をはじめてみつけだしたのは,フランシス・ジャコブとジャック・モノーです。
彼らは乳汁に多く含まれる「ラクトース」という糖を分解するのに必要な遺伝子を,細菌がどのように調節しているかを研究したのです。この研究に対してのちにノーベル賞があたえられました。彼らは,細菌のDNAに「ある特定の物質」がいつつくられるべきかを指示する配列があることをつきとめようとしました。そして「いつつくられるべきかを指示する基本的な調節領域が2種類ある」ということを明らかにしました。一つは「コード領域」とよばれ,mRNAをつくるためにコピーされるべき配列部分です。もう一つは「調節領域」とよばれ,「遺伝子をオンにするか,オフにするか」,「いつオンにするか」といったことを指示する配列部分です。どちらの領域も遺伝子の一部に含まれています。後者の調節領域のはたらき方には2通りあります。一つは調節領域の配列に,遺伝子をオフにするようなタンパク質が結合するはたらき方で「抑制」とよばれています。このタンパク質が結合しなければ,遺伝子は自動的にオンの状態になります。もう一つは抑制とは反対に,調節領域の配列に,遺伝子をオンにするタンパク質が結合するはたらき方で「活性化」とよばれるものです。この場合には,調節領域にタンパク質が結合しなければ,遺伝子は常にオフの状態になります。
DNAの驚異は,遺伝子スイッチのオン・オフを自由自在にできることにあります。
こうして「一方の鎖のどのAに対しても,もう一方の鎖には必ずTがこなくてはならないし,どのGに対してもCがこなくてはならない」ことが明らかにされました。
しかし,もっと複雑な細胞において遺伝子のはたらきが制御されるしくみは,想像をはるかにこえるややこしいものでした。非常に多くの科学者が研究を重ねてきましたが,これから解明すべき課題がまだ山ほど残っています。基本的には,ヒトをはじめとする高等生物でも,遺伝子のスイッチがオンにされたり,オフにされることで調節されています。しかし,遺伝子上の調節領域の数が細菌とは比較にならないほど多く,その機構もきわめて精巧です。それらの調節領域が協調することで「ある特定の細胞で,特定の遺伝子からmRNAをつくるかどうか」が決められます。遺伝子スイッチの活性化と抑制のバランスのとられ方しだいで,つくられるRNAは「完全にゼロ」から「非常に多量」まで,どのようにでも調節することができます。
遺伝子スイッチを制御するしくみ
このイラストはmRNAの合成準備が完了した段階での,遺伝子の調節領域と,そこに結合するタンパク質の様子を描いたものである。高等生物には遺伝子スイッチのオン・オフを制御する基本的な調節領域が三つあると考えられている。その三つとは「コアプロモーター(1)」「調節プロモーター(2)」「エンハンサー(3)」である。これらは遺伝子のある領域を指す言葉である。それぞれの領域に特定のタンパク質が結合し,各領域が互いに協調してはじめて,遺伝子スイッチのオン・オフが切り替えられているのである。
高等生物には,遺伝子スイッチのオン・オフを制御する3種類の基本的な遺伝子調節領域があることがわかっています。
そのうちの二つが「コアプロモーター」と「調節プロモーター」です。   コアプロモーターは,遺伝子の開始点すなわちmRNA合成の開始点やそのごく近くに存在する配列で,mRNAの合成装置が合成をはじめる準備をととのえます(1)。しかし,コアプロモーターだけではRNA合成は行えません。
調節プロモーターはコアプロモーターの制御を行っています。調節プロモーターも遺伝子の前方に位置していますが,非常に長いDNA領域である場合もあります。
調節プロモーターも遺伝子の前方に位置していますが,非常に長いDNA領域である場合もあります。調節プロモーターの中には,短い配列が多数含まれています。それぞれの配列が細胞の状態に応じて,さまざまなタンパク質と結合します。これらのタンパク質群が協調することで,mRNA合成装置の合成能を促進させたり,抑制させたりしています。その結果,遺伝子からつくられるmRNAの量が細胞によって全然ちがってきます。mRNAの量のちがいは,合成されるタンパク質の量に反映します。そしてタンパク質の量のちがいは,その細胞がどんな機能をもつかといったことに影響をおよぼします。※コアプロモーターの制御を行う調節プロモーター。プロモート(promote)とは「促進する」という意味です。
3番目の調節領域は「エンハンサー」とよばれるものです。エンハンサーの位置とそのエンハンサーが制御する遺伝子の位置は,実にさまざまです。
先にお話した2種類のプロモーターは遺伝子の前方に位置しますが,エンハンサーは遺伝子の前やうしろ,ときには遺伝子の中にあることもあります。遺伝子から極端に遠くはなれたところにもみつかっています。エンハンサーもタンパク質が結合したりはなれたりすることで,対象となる遺伝子の発現を高めたり,抑制したりしています(3)。※コアプロモーターや調節プロモーターと協調して,mRNAの合成能を促進させる塩基配列がある。そのような塩基配列を「エンハンサー」といいます。エンハンス(enhance)とは,「増大する」という意味です
幾重にも折りたたまれているDNAは,遺伝子の機能を果たすときだけほどかれます。
エンハンサーは対象となる遺伝子からはなれていることもあり,どのようにして機能を果たしているのかが大きな謎でした。
最近の研究で,調節プロモーターと同じように,エンハンサーもそこに結合するタンパク質を介して,mRNAの合成能になんらかの影響をあたえていることがわかってきました。さらにエンハンサーは,細胞の核内に収納されているDNAの凝縮状態を変える信号をだすことも明らかになってきました。基本的には,ヒトをはじめとする高等生物でも,遺伝子のスイッチがオンにされたり,オフにされることで調節されています。しかし,遺伝子上の調節領域の数が細菌とは比較にならないほど多く,その機構もきわめて精巧です。それらの調節領域が協調することで「ある特定の細胞で,特定の遺伝子からmRNAをつくるかどうか」が決められます。遺伝子スイッチの活性化と抑制のバランスのとられ方しだいで,つくられるRNAは「完全にゼロ」から「非常に多量」まで,どのようにでも調節することができます。
核に収納されているDNAが特殊な立体構造をしているということから,「エンハンサーに結合するさまざまなタンパク質のはたらき」が理解できます。
DNAはむきだしになった二重らせんではなく,凝縮されて非常に整然と折りたたまれた構造をとっています。「核内のDNAはのばせば2メートルにもおよぶ長さなので,小さな核の中におさめるにはどうにかして折りたたまなければならない」というのが,最大の理由です。しかし,この立体構造にはもう一つ「遺伝子のスイッチを制御する」という役割もあることが明らかになってきました。
DNAはヒストンコアのまわりに2回転巻きついています。この「ヌクレオソーム」とよばれる構造がほぐれることにより,遺伝子のスイッチがオンになれる状態となります。
「DNAがヒストンコアのまわりに2回転巻きついている」というこの構造は「ヌクレオソーム」とよばれます(2)。ヌクレオソームはさらにコイルをつくって「クロマチン」とよばれる太い繊維構造をつくります(1)。
ヒストン・ヒストンコア
  • ヒストン------------DNAを折りたたむためのはたらきをする。
  • ヒストンコア---------DNAがまきつくための芯の役目をする。
  • ヌクレオソーム構造---ヒストンコアにDNAがまきついた構造のこと。
クロマチン構造
まだまだ多くの謎がかくされているDNA。
さらに,遺伝子の制御には「いくつかの遺伝子を二度とオンにならないようにする」という方法があることが明らかになっています。
すでにお話したように,クロマチン構造にも遺伝子のスイッチをオフにする効果がありますが,エンハンサーがその構造を解きほぐして,遺伝子を表にさらしてしまいます。しかし,クロマチン構造をほどけなくする方法があります。クロマチン構造の広い領域にこの方法を用いれば,多くの遺伝子のスイッチを永久にオフにすることができます。その方法とは「塩基配列中のあるCに,酵素のはたらきによってメチル基という化学構造を付加する」というものです。「メチル化」とよばれるこの修飾反応によって,クロマチン構造はさらに凝縮した「ヘテロクロマチン構造」とよばれるものとなり,ほどくのが非常にむずかしくなります。ある条件のもとでメチル基を取り除かないかぎり,ヘテロクロマチンになった領域に含まれるすべての遺伝子は完全にスイッチオフのままとなります。細胞の核の中では,このようなメチル化によって多数の遺伝子が長期にわたってスイッチオフにされています。
 
若いのに老化するウェルナー症候群
若年者が老化現象をおこして死亡する「ウェルナー症候群」というめずらしい病気があります。この病気はDNAの複製にかかわる酵素のうちのたった1種類「DNAが複製されるときに,DNAの2本の鎖をほどいて分離させる酵素」が変化したためにおこります。1950年代に日系の若い女性ではじめてみつかりました。
一方,私たちの体内には「刷りこみ」とよばれる作用を受けた一群の遺伝子があることが明らかになっています。
これらの遺伝子は「父親と母親のどちらからゆずり受けたか」によって,メチル化されたり,されなかったりしています。つまり,父母のどちらからの遺伝子かによって,オンになったりオフになったりしているのです。刷りこみを受けた遺伝子は「自分が父母のどちらからきたものか」を覚えていて,父親または母親が決めたメチル化の状態を保ちつづけます。現在,この特殊な状態の遺伝子が多数みつかっており,発生や成長に重要な役割をになっていることがわかってきました。
 
DNAの複製を阻害してがん細胞を破壊
がんの放射線治療や多くの化学療法は,がん細胞中のDNAを傷つけ,複製をさまたげることで効果をあらわします。さかんに分裂をくりかえしていたがん細胞は,DNAの複製が阻害されると死にいたります。これらの治療は,がん以外の正常な細胞をも殺してしまう可能性をもっています。治療では,制御不能で最も速く分裂している細胞に最大の打撃をあたえるよう,放射線や薬物の量が調節されます。しかし,それでも正常細胞,とくに速いサイクルで分裂する胃の内壁細胞や毛根細胞などが,影響を受けてしまいます。その結果,吐き気や脱毛などの副作用が引きおこされます。今後,正常細胞とがん細胞とのちがいについての解明が進めば,より副作用の少ない治療法が開発されるでしょう。
スイッチオン・オフの制御には段階があります。
「ある遺伝子を利用するのか,しないのか」「利用するならそれはいつか」といったことが,実に巧妙に制御されているようすをみてきました。また,それぞれの細胞が必要なタンパク質だけを確実に手に入れ,余分のないようにするにはいろいろな方法があるということもお話しました。ここで要点をまとめてみましょう。まず,mRNA合成装置を準備するコアプロモーターがあります。その遺伝子の近くや遠くに位置するさまざまな調節領域には,それぞれに決まったタンパク質が結合し,協調してはたらいています。これらのタンパク質のはたらきによってmRNA合成装置はコアプロモーターに結合したりはなれたりします。結合すればmRNAの合成は促進され,はなれれば逆に抑制されます。これが第1段階の遺伝子スイッチ制御機構です。
しかし,遺伝子からタンパク質への流れを制御する方法は,他にもたくさんあることがわかってきています。
「ある遺伝子を利用するのか,しないのか」「利用するならそれはいつか」といったことが,実に巧妙に制御されているようすをみてきました。また,それぞれの細胞が必要なタンパク質だけを確実に手に入れ,余分のないようにするにはいろいろな方法があるということもお話しました。さらに,これらのタンパク質の中には,遺伝子付近のクロマチン構造をゆるめたり,もとにもどすことよって,mRNA合成装置にコアプロモーターが結合する効率を調節するものがあります。これが第二段階の遺伝子スイッチ制御機構です。DNAをヘテロクロマチン構造にして,永久にRNAがつくられないようにするのは,第三段階の究極の方法といえます。しかし,遺伝子からタンパク質への流れを制御する方法は,他にもたくさんあることがわかってきています。たとえば,いったんつくったmRNAを「後で変化させる」,あるいは「つくってすぐこわす」,逆に「安定化して存続させる」といった方法によっても,同一の遺伝子からつくられるタンパク質の量を調節できます。また「合成したタンパク質を存続させるのか,すぐに分解するのか」によっても調節可能です。
DNAにはまだ多くの謎がかくされている。
数えきれないほど多く種類の細胞が,同一個体の中に共存したり,あるいはまったく別の生物として存在できるのは,これまでにお話してきた「細胞中のタンパク質をふやしたり,減らしたりするさまざまな方法」のおかげです。遺伝子スイッチの制御に関する私たちの理解は,まだまだ不十分です。「DNAやmRNA,タンパク質合成の詳細なメカニズム」や「遺伝子の調節領域が具体的にどのようにはたらいているのか」といったことにも,多くの謎が残されています。これらの謎がすべて解明されるには,さらに多くの発見と創造の翼が必要です。現在,ヒトゲノムに含まれるすべてのDNAの塩基配列を解読しようとするプロジェクトが,急ピッチで進められています。解読が完了すれば,これまで考えられなかったようなぼう大な情報がもたらされるでしょう。得られた情報が科学者によって解釈されれば,「DNAにかくされている謎のいくつか」が明らかになるかもしれません。
抗生物質は細菌のタンパク質合成を阻害
抗生物質の多くは,細菌のリボソームのはたらきをさまたげることによってききめをあらわします。タンパク質の合成を阻害して,細菌を死にいたらしめるのです。リボソームはヒトにもあるのに,抗生物質はどうしてヒトには作用しないのでしょう。それはヒトのリボソームと細菌のリボソームとでは,構造が少しちがうためです。細菌には強い毒性を発揮しますが,ヒトにはほとんど,あるいはまったく害をあたえないのです。そのおかげで,抗生物質が病気と闘う武器となっているのです。しかし抗生物質は寄生虫にはまったくききません。寄生虫のリボソームはヒトとほぼ同じ構造だからです。また,ウイルスにも効果がありません。ウイルスは完全な細胞からなる細菌とはちがい,DNAやRNAの小断片しかもっていません。ウイルスはヒトの細胞の複製装置を借用して自己複製を行っています。そのため,ヒトのリボソームにきかない抗生物質はウイルスにもまったく効果がないのです。