誕生後まもなく分裂を停止し,一生のあいだ生 きつづける細胞がある。
森望
生物を構成するすべての細胞が分裂をくりかえすわけではない。
誕生後まもなく分裂が停止し,一生生きつづける細胞,いわば「誕生と同時に老化をはじめる細胞」が存在する。
神経細胞や心筋細胞などである。
神経細胞は巨大な複合組織である脳の大部分を占めている。
胎児期にいったん過剰に生産されたあと,その多くがアポトーシスによって死滅し,神経ネットワークを形成したものだけが生き残る。
生き残った神経細胞はその時点から老化をはじめる。
このような細胞は広く「非再生系細胞」とよばれている。
一方,それ以外の通常の細胞は分裂をくりかえして,つねに新しい細胞が複製されている。
このような細胞は「再生系細胞」とよばれており,50〜60回分裂すると分裂が停止する分裂寿命をむかえる。
再生系細胞と非再生系細胞とでは,遺伝子レベルで何がことなっているのか? いちばんのポイントは,細胞分裂する際の細胞周期をコントロールしている遺伝子群の発現の有無にあると考えられている。
たとえばCDKとよばれる酵素群は細胞分裂の際にアクセルの役目をしており,CKIとよばれるタンパク質群はブレーキの役目をしているらしいことがわかっている。
非再生系細胞では後者の発現量が高いために,細胞分裂の進行がおさえられていると考えられる。
非再生系細胞の老化は,組織や個体の老化にもつながっている。
神経細胞が老化すれば,外界からの刺激に対する反応性や脳内での神経ネットワークの応答性が減退してくる。
老化により「新しく神経細胞の樹状突起を伸展させる遺伝子」のはたらきがいちじるしく低下するためである。
その結果,老年期には記憶力や理解力が低下し,神経細胞がおかされるアルツハイマー病などの病気が発病することもある。
このように,非再生系細胞の老化はさけられないと考えるのが一般的である。
しかし最新の研究によって,成人の脳の一部には神経再生の元になりうるような幹細胞が存在することが明らかになった。
この幹細胞は分裂をくりかえして自己複製し,多種多様な神経に分化する可能性をもっているという。
今後さらに研究が進んで,幹細胞の増殖や分化のしくみが明らかにされれば,脳の不老長寿も夢ではないかもしれない。
* * * ここからキャプション(図中文字)* * *
大脳皮質には約150億個の神経細胞があると考えられている。
これらは胎児期につくられ,誕生後は分裂してふえることのない非再生系細胞である。
神経細胞は細胞体から多くの短い樹状突起と1本の長い軸索が出ている。
神経細胞は別の神経細胞と連結して,興奮を次々に伝達していく。
一つの神経細胞の軸索の末端と,次の神経細胞の細胞体や樹状突起との連結部分であるシナプスには,小さなすき間がある。
ここでは電気的な信号が神経伝達物質の放出に変換されることによって,一方的に興奮が伝えられる。
大脳皮質にある神経細胞(黄緑色の部分)の電子顕微鏡写真。
神経細胞どうしがネットワークをつくっているようすがよくわかる。